第1章で、小児矯正の開始は小学校3年生(9歳)ごろまでにとお伝えしました。子どもと大人では治療の考え方がどう違うのか―それが、この章のテーマです。
矯正治療に対して「歯を無理やり動かして、正しい位置に並べる工事のようなもの」と思われているかもしれません。しかし、子どもの矯正に限って言えば、本質的には少し違うと私は考えています。
あごの大きさや骨格は親から子へ受け継がれます。両親ともに歯ならびが良ければ、お子さんも良好になりやすい傾向が。ここに私たちができることはありません。
一方、習慣には改善の余地があります。日々の癖があごの成長に影響し、歯ならびを左右します。歯ならびに悪影響を与える習慣をチェックしてみましょう。
唇の筋肉が歯に作用しなくなる
あごが十分に育ちにくくなる
上あごを内側から押す力が不足する
前歯に不要な力がかかる
顎関節に負荷がかかる
これらの習慣が続くと、あごの成長に影響したり、出っ歯になったりして、歯が正しく並ばなくなります。
歯ならびのガタガタが生じるのは、歯の大きさと、あごの大きさが合っていない状態だと言えます。イメージしやすい例えとして、電車の7人掛けの座席を思い浮かべてください。標準体型の7人ならちょうど座れますが、座席の幅が足りないと全員は座れず、立つ人が出ます。あごが小さいと歯の並ぶスペースが足りず、本来の位置から外れてガタガタになります。歯の大きさ自体は人によって大きく変わりません。多くの場合、問題はあごのスペースの方にあります。
あごの骨が成長する仕組みの一つに、舌の存在があります。リラックスしている時の舌は本来、上あごに軽く触れているのが正常だと言われています。この舌が内側からあごの骨を非常に弱い力で押し続けることで、上あごは外側へ広がり成長すると考える説があります。
ところが近年、舌の筋力が弱く、舌が上あごに触れていない子どもが増えています。刺激を受けられない上あごは広がるきっかけをなくし、小さいままに。結果として歯ならびのガタガタが生じます。下の歯も同じく舌の影響を受け、問題が生じます。口呼吸も同じメカニズムで、口が開くと舌が下がり、上あごへの刺激が減ってしまいます。(諸説あり)
※この見解は私個人の治療哲学に基づくものです。子どもの矯正への考え方は矯正歯科医の間でも見解が分かれるテーマですので、担当医の考え方をよく聞いた上でご判断ください。
身長に例えるとわかりやすいかもしれません。身長も遺伝の要素がありますが、それ以外にできること―たとえば栄養や睡眠などの環境を整えて、本来の成長を促していく。そのイメージに近いのです。
成長期の子どもには適切なタイミングでの介入に意味があります。この「適切なタイミング」が一般に思われるより早いため、受診が遅れてしまいがちです。成長が終わると、この「サポート」という選択肢は使えなくなります。
「男の子だから矯正はしなくていいかな」とおっしゃる方が少なくありません。しかし、身長と同じく、成長をサポートするという観点では、男女の差は関係ありません。
装置で歯を並べるスペースを作っても、悪い習慣が続けば後戻りのリスクが高まります。効果を長持ちさせるため、保護者の方にも前述の習慣改善に継続的に取り組んでいただきたいのです。矯正治療は医院だけで完結しません。ご家庭での習慣の積み重ねが、治療の質を大きく左右します。
矯正は「今の見た目を変える治療」と思われがちですが、もう一つ大切な側面があります。歯ならびが悪いと一部の歯に咬む力が集中し、長年の負担が積み重なります。その影響は50代ごろから出始めることが多く、一本が悪くなると次々連鎖する「ドミノ倒し」のようになると言われています。
そう考えると、治療を始めるかどうかの判断が、少し変わってくるかもしれません。